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の度重なる連絡にも

きた。パリには以前にも、一度か二度、飛行機で訪れて、|国 民 図 書 館《ビブリオテーク・ナシオナール》所蔵の資料を調査したことがあって、未見の都市ではないとしてあった。その後三ヵ月のあいだに、届いた便りは葉書一枚だけでM 字額、それには、現在の住所はサン・ジャック街、目下、無名の個人収集家の書庫で、未刊の草稿の特別調査にあたっていると記してあった。この都会でも、知人と顔をあわせるのは意識して避けていた様子で、アメリカに帰国した観光客があると、両親はさっそく、愛息の消息を問いあわせるのだったが、姿を見かけたこともないとの返事だった。それからしばらくは完全に音信が途絶えた。そして、十月にはいって、ウォード家はプラハからの絵葉書を受けとった。それによってチャールズが、ある高齢の人物と面会する目的で、この古都を訪れたことを知った。老人は中世の知識をそなえた最後の生存者とのことで、新市内における住所が記載してあり、翌年の一月までは移動する予定がないとしてあった。一月になると、何枚かの葉書がウィーンから届いた。文通者の一人――おそらくは神秘学研究の同好者であろうが――から招待されて、さらに東方へ向かうことになったが、途中、この都会へ立ち寄ったとの文面であった。
 つぎの便りはトランシルヴァニアのクラウゼンブルクからのもので、いよいよ最後の目的地に向かうとの報告なのだ。彼が訪問しようとしている相手はフェレンツィ男爵と呼ばれる貴族で、その領地はラクスの町の東方にそびえる山岳地帯のなかにある。チャールズへの連絡は、トランシルヴァニアのラクス、フェレンッィ男爵気付でよいと書き添えてあった。その一週間後、ラクスの町から葉書が届いて、男爵が差しむけた馬車で、山間の山村に向かうことになったと知らせてきた。これが最後の通信で、その後は両親から、返事ひとつよこさなくなった。五月の訪れとともに、息子の身を案じたウォード老夫妻はPretty renew 旺角、夏期の休暇にヨーロッパ旅行を計画するから、ロンドン、パリ、ローマ、いずれかの都市で会うことにしたいと知らせてやった。しかし、その返事は両親を失望させるものだった。研究の進行段階が、現在の場所を離れることを許さず、しかもフェレンツィ男爵とその居城は、訪問者を迎えるに適当でないというのである。彼は具体的に説明して、城は暗い森林に蔽《おお》われた山岳の突端、千尋の谷を臨む断崖の上にあり、地方民も怖れて近づこうとしない。まして一般都会人は、遠望しただけで戦慄を禁じ得ないであろう。そのうえ、男爵の人柄たるや、保守的なニューイングランドの礼儀正しい紳士たちに好感をあたえるていのものでなく、その風貌も挙動も奇矯そのもの、しかも稀れに見る高齢が、かならずや訪問者の心を掻き乱し、平静を失わせるにちがいない。むしろ、いましばらく彼を放任して、プロヴィデンスへの帰還を待つのが賢明であろう。帰国もそれほど遠い先のことでないから――というのが、返事の趣旨であった。
 しかし、チャールズ・ウォードの帰国はのびにのびて、一九二五年の五月になった。前もって、何通かの手紙で連絡してきたあと、年若き遍歴者は汽船ホメリック号で、ニューヨーク港に帰還し、そこからプロヴィデンスまでの長い距離を、乗合バスで横断した。緑の山脈がうねってつづくところ、香り高い花の咲く果樹園、春のコネQV嬰兒沐浴油チカット州に点在する、白亜の尖塔がそびえ立つ町々。バスのとまるたびごとに、チャールズは車を降りて、からだを休め、酒を飲んだ。それが、四年のあいだ難れていた古きニューイングランドの、最初に味わう味であった。バスがポートゥックスト街道をつっ切って、晩春の午後の金色にかがやく
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