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物のことだ

  とも、決してありえないことではない。伝承が強調しているのは、魔女の動きを食いとめるうえで物質的な障害が役にたたないということなのだから、ほうきにまたがって夜空を飛ぶという昔話の裏にどんな事実が秘められているか、それをはっきりいえる者がいるだろうか。
 現代の研究家が数学の研究だけでおなじ力を得られるかどうかは、まだどうともいえることではない。ギルマンはさらにつけ加えて、成功すれば考えもつかない危険な状況におちいってしまうかもしれないといった。隣接しているとはいえ、普通は接近することもできない次元を支配する状態のことなど、誰が予想できるだろう。一方、興味深い可能性は途轍《とてつ》もないものだ。空間の特定地帯では時間は存在しえないのだから、そういう地帯に入りこんで留まることで、現在の生命および年齢をかぎりなく保ち、本来の世界や類似する世界を訪れるあいだにいささかそこなわれることはあっても、肉体の新陳代謝や劣化をこうむることはないだろう。たとえば時間のない次元に入りこみ、以前と変わらぬ若さのまま、地球の歴史の遙かな時代にあらわれることもできるだろう。
 かつてこれをおこないえた者がいるかどうかは、いかなる根拠があろうと推測もままならないことだ。古い伝説は曖昧《あいまい》模糊としているし、有史時代になってから禁断の深淵を乗り越えようとする試みのすべては、外界からの存在や使者との奇怪かつ恐ろしい結託によって、こみいったものになっているように思える。秘められた恐るべき力を表したり伝えたりする、太古からの存在がいる――魔女信仰における〈暗黒の男〉や『ネクロノミコン』におけるナイアルラトホテップがそれだ。それより程度の落ちる使者もしくは媒介者という不可解な問題もある――伝説が魔女の使い魔として表す動物もどきと、奇妙な雑種生。ギルマンとエルウッドがそれ以上議論もできないほど眠くなり、それぞれ横になったとき、ジョー・マズレヴイッチがほろ酔い機嫌でふらつきながら家にもどってきた音が聞こえ、二人はその哀れな祈りの絶望的な荒あらしさに震えあがってしまった。
 その夜ギルマンはまた菫色の光を目にした。夢のなかで間仕切りをひっかいたりかじったりする音を聞き、誰かがぎこちなく掛け金をまさぐっているように思った。やがて老婆と毛むくじゃらの生物が、カーペットの敷かれた床の上を、自分のほうに近づいてくるのを見た。老婆の顔は人間ばなれした狂喜に輝き、黄色の歯をもつ小さな凶まがしい生物は、部屋のむこうがわの別の寝椅子でぐっすり眠っているエルウッドを差し示しながら、嘲笑《あざわら》うような声をだした。ギルマンは恐怖のあまりどうすることもできず、声をあげることもできなかった。以前のように、悍《おぞ》ましい老婆はギルマンの肩をつかむと、ベッドから虚空にひきずりこんだ。またしても怒号する果しない薄明の深淵がかすめさったが、次の瞬間、ギルマンは古びた家いえの朽ちゆく壁が周囲にそびえたつ、暗く、泥濘《ぬかる》んだ、悪臭はなつ小路に入りこんだように思った。
 前方には、別の夢にあらわれた天井のとがった部屋で見た、ローブをまとう暗黒の男がいる一方、さほど遠くないところでは、老婆が尊大な態度で顔をしかめ、手招きしていた。ブラウン・ジェンキンは、深い泥にほとんど隠れている暗黒の男の踵《かかと》のあたりで、じゃれつくように体をこすっていた。右手には黒ぐろとした戸口があって、暗黒の男が無言でそこを差し示した。この戸口のなかに、顔をしかめる老婆がギルマンのパジャマの袖《そで》をひっぱって入りはじめた。悪臭の漂う、不気味にきしむ階段があって、老婆はその階段にかすかな菫色の光を放っているようだった。階段を登りつめたところにはドアがあった。老
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